人事労務の時事解説(2005年9月号)

人事労務の時事解説 2005年9月号


年俸制導入と割増賃金

雇用環境が変化する中で、賃金の決定に際し、労働時間をベースとする従来の制度ではなく、 年俸制を導入する企業が増えてきています。年俸制は賃金を年単位で決定するというだけでなく、前年度の業績の評価などに基づいて労働者と雇用者の間で交渉によって決定されるという特徴があり、管理職や専門職、営業職などで採用されることが多いようです。

年俸制は事前に年間の賃金額が決定されることから、時間外労働に対して割増賃金を支払う必要がないと誤解している企業も少なくないようです。しかし、たとえ年俸制の労働者であっても、時間外労働や休日労働をさせれば、原則として割増賃金を支払わなければいけません。

◆割増賃金を支払わなくてよい場合

時間外労働や休日労働に対して、割増賃金を支払わなくてもよい場合として、労働基準法 第41条に規定されている管理監督者、裁量労働や事業場外労働について「みなし労働時間制」が適用されていて、みなしによって処理される労働時間が1日に8時間を超えない場合などが考えられます。
ただ、管理職すべてが労働時間などの適用が除外される管理監督者となるわけではないこと、管理監督者であっても労働契約外の労働に対しては別途賃金の支払いが必要なこと、管理監督者であっても深夜労働については割増賃金の支払いが必要なことなどについては注意が必要です。

◆割増賃金を支払わなければいけない場合

一般の従業員に年俸制を導入し、時間外労働などをさせた場合、基本的に割増賃金を支払わなければなりません。それは、年俸額は所定労働時間の労働に対する賃金として定められているのが一般的であるため、時間外労働などに対する割増賃金が当然に含まれているわけではないからです。

年俸額のうちいくらかが割増賃金相当額なのか明確に定められている場合には、実際の割増賃金額がその割増賃金相当額に達するまでの時間外労働に対して、別途割増賃金を支払う必要はありません。

◆割増賃金の定額払い

割増賃金の支払いが必要な従業員に年俸制を導入する場合、割増賃金をとりあえず定額で支払うという方法があります。定額払いされた割増賃金の総額が、法所定の計算方法によって算定された割増賃金の総額を下回らない限り違法とはなりません。法所定の割増賃金を下回る場合には、定額払い額と法所定の割増賃金額との差額を支払わなければなりません。
このような扱いをする場合、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金に相当する賃金が区別できるようになっている必要があります。


ライバル会社への転職を阻止できる?

雇用環境が大きく変わる中、転職も珍しくなくなっています。転職に際し、これまでの知識や経験を活かすためライバル会社へ転職される方も多いのではないでしょうか。職業選択の自由は憲法で明示された権利ですが、会社としては営業秘密や顧客を奪われるようなことがあると損害を被るため、裁判所は退職後についてもライバル行為を行わない旨の義務を課すことを一定の要件があれば認めていて、ライバル会社への転職を規制することができます。

◆競業避止義務とは

一般的には在職中は会社に対し、企業秘密をライバル会社に漏らすなどの行為が許されない競業避止義務を負っているとされます。この考え方を発展させ、特別な労働契約をあらかじめ結ぶことで退職後にも競業避止の義務を負わせることができます。

会社は資産を守るため、適切かつ必要最小限度の範囲で職業選択の自由に規制を設けることは許されると考えられています。具体的には職種の制限や、退職後一定期間はライバル会社での勤務を認めないといった規制です。これに違反して強引にライバル会社へ転職すれば退職金を支払わないなどのペナルティを課すことができます。

また、会社の資産を退職者が転職の際に意図的に持ち出せば、損害賠償請求の対象になる可能性もあります。 

◆退職に関する特約の例

退職の際のトラブルを防止するためにも、就業規則によって次のような取り決めをしておくとよいでしょう。

・在職中に扱った書類、伝票、帳簿などを返却する
・貸与されたパソコンやフロッピーディスク、携帯電話を返却する
・仕事で使っていた個人所有のパソコンから業務情報を削除する
・社内電話番号簿、社員連絡票などを返却する
・在職中に知り得た会社や取引先の秘密・個人情報を漏洩しない
・退職後2年間は競合他社に就職しない
・万一、機密情報や個人情報を漏洩したり使用した場合には、それにより発生した損
害について賠償する


65歳以上の扶養家族の健康保険料徴収へ

厚生労働省は高齢者の医療制度改革として、2008年度から75歳以上のすべての人が保険料を払う新たな高齢者医療保険制度の創設をめざしています。その一環として、現在は健康保険料を負担していない65歳から74歳までの会社員の扶養家族からも保険料を徴収する案を検討しています。同省は受益と負担の公平を保ち、医療費を賄っていくには高齢者の応分の負担が不可欠と判断しているようです。

◆現在の高齢者医療制度

現在は会社員が入る健康保険組合・政府管掌健康保険の保険料は会社員本人だけにかかっています。扶養家族は保険料を支払わず、医療にかかる給付の負担は保険料を納める会社員が分担する仕組みとなっています。一方、国民健康保険には扶養家族というシステムがないため、自営業者などは夫婦別々に保険料を支払わなければなりません。会社を退職し、扶養してくれる家族がいない場合も同様です。

◆政府の見直し案

2007年度の推計では65歳から74歳までの「前期高齢者」は、国民健康保険の加入者が約1100万人、被用者保険加入者で保険料を負担する人が約130万人で、現在保険料の負担がない扶養家族が約170万人となる見込みです。

政府が新たに徴収対象としているのは、前期高齢者のうちの扶養家族についてです。扶養家族を持つ会社員の保険料に上乗せして徴収する案が有力で、64歳以下の扶養家族については、子育て世帯などに配慮し今まで通り保険料の負担を求めません。

扶養家族の中でも前期高齢者は年金収入があるため、平均所得が年100万円弱と64歳以下の約4倍あり、一人当たりの医療費給付は全体平均の4倍近くあります。また、75歳以上の「後期高齢者」が入る新しい保険制度をつくり、保険料を徴収することなどから現在は保険料を負担していない「前期高齢者」の扶養家族からも保険料を徴収する考えのようです。

厚生労働省は、年末までにまとめる政府・与党案に前期高齢者の負担見直しも盛る考えで、来年の通常国会への関連法案提出をめざしているようです。


子育て支援による人材確保

次世代育成支援対策推進法(次世代法)が施行されて、半年になります。次世代法は企業や自治体に対し、2015年3月までの10年間で積極的な子育て支援に取り組むことを求めています。

300人超の従業員を雇用する企業は育児支援への取組みを「一般事業主行動計画」としてまとめ、各都道府県労働局へ届け出る義務があります。

「一般事業主行動計画」を策定するメリットは、2つあります。

第一に、安定的な女性の働き手の確保です。女性の働き手の多くは、家庭で育児や介護の問題を抱えています。育児支援に積極的に取り組む企業は、女性にとって魅力的です。

第二に、認定マークの取得があります。認定マークの取得は、企業イメージの向上にも役立つからです。認定マークを受けるためには、男性の育児休業取得者1人以上、女性の育児休業取得率70%以上といった基準を一定期間内(2年から5年)に満たすことが要件になっています。認定マークを取得すれば、自社の広告や商品に使用できます。

全国中小企業団体中央会が今年1月に実施したアンケートによると、次世代法の対象になっていない300人以下の中小企業でも、仕事と育児の両立支援に取り組んでいます。

例えば、
@保育園の運営や保育所費用の3分の1を補助するなどの育児支援、
A労働時間の短縮や週2日出勤などの労働日数の短縮、
B看護休暇制度を高校生以下にまで拡充するなどの子育て時間の捻出への協力、
C育児休業中の書籍の購入費用支援などの職場復帰支援、
D男性社員の育児休業取得の奨励、
などの男性の育児への参画支援です。

小回りが利く中小企業こそ、従業員一人ひとりの要望に沿ったきめ細かな支援への取組みが可能になります。

「一般事業主行動計画」策定にかかわる相談窓口としては、厚生労働省が指定した「次世代育成対策推進センター」や各都道府県の労働局があります。

人余りから、一転して団塊の世代の大量定年退職と少子化への取組みが問題になっています。まずは、次世代法に詳しい身近な社会保険労務士にご相談されてはいかがでしょうか。


夫婦の2007年問題

2007年4月から、離婚した専業主婦だった妻が、老後の経済的な支えとなる年金を分割してもらえるようになります。

1986年の年金制度改正により、国民年金が国民共通の基礎年金と位置づけられ、20歳から60歳までの人の加入が義務づけられました。自営業・農業・漁業従事者などが第1号被保険者、会社員・公務員などが第2号被保険者、会社員・公務員の妻で年収130万円未満の者が第3号被保険者と区分されています。第2号被保険者には、報酬比例の厚生年金保険や共済年金が、国民年金のいわば2階建て部分となっています。第3号被保険者の専業主婦は、1986年前までは任意加入でした。

2007年3月までに専業主婦が離婚すると、自分の第3号被保険者としての老齢基礎年金しか受給できません。就職して厚生年金に加入している期間があれば、その期間分の老齢厚生年金は加算されますが、専業主婦の期間が長ければあまり期待はできません。これまでは熟年離婚した専業主婦だった妻の老後は心細いものでした。

ところが、2007年4月以降、離婚時に合意できれば、結婚していた期間の夫の報酬比例部分の半分に自分自身の基礎年金を加えた額を受け取ることができるようになります。合意ができなかった場合は、分割の割合を決めるために家庭裁判所へ申し立てることができます。

2008年4月以降に離婚した場合は、2008年4月から離婚時までに納めた年金保険料に相当する夫の報酬比例部分について合意がなくても半分の分割が認められています。2008年3月以前の分については、離婚時の合意が必要です。また、自動的に分割が認められるのは、第3号被保険者だけです。

専業主婦が離婚するなら2007年4月以降、専業主婦を持つ会社員が離婚するなら2007年3月までにするのが年金に関してはお得です。夫婦間の問題が週刊誌で取り上げられるのも時間の問題かもしれません。


減給の制裁と降格処分

労働基準法第91条では、制裁として減給を行う場合、1回の減給の額が平均賃金の1日分の半額を超え、また、その総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないと定めています。この規定は、減給の制裁が労働者の生活に大きな影響を及ぼすことに配慮したものです。

減給の制裁が制約されているため、減給の制裁の代替措置として賃金の減少を伴う降格処分を多用している企業があります。

この場合、実際の職務内容や責任度合が変わるのか、それとも従前の職務に従事させつつ賃金額のみを減ずるのか、実態によって違ってきます。

従来と同一の業務に従事させながら賃金額だけを下げる降格処分は、減給の制裁として労基法第91条の適用があります(昭和37・9・6基収第917号)。

賃金の減額を伴う降格が実際に職務内容や責任度合を変えるものである場合は、「職務ごとに異なった基準の賃金が支給されることになっている場合、職務替えによって賃金支給額が減少しても労基法第91条には抵触しない。」とされています(昭和26・3・31基収第938号)。

また、「交通事故を引き起こした自動車運転手を制裁として助手に格下げし、従って賃金も助手のそれに低下せしめるとしても、交通事故を引き起こしたことが運転手として不適格であるから助手に格下げするものであるならば、賃金の低下は、その労働者の職務の変更に伴う当然の結果であるから労基法第91条の制裁規定の制限に抵触するものではない。」としています(昭和26・3・14基収第518号)。