法定労働時間内の残業代を、
通常の賃金より低くしてもいいですか?
 
弊社工場の製造ラインの所定労働時間は9時から17時となっておりますが、17時まではフル回転で製造ラインは動いており、17時にやっとラインを止めて、工場内の清掃や次の製品に合わせるための調整にとりかかり、これが18時までかかっております。

製造ラインの仕事は交代でトイレに行く余裕もないほど忙しく、かつ重労働ですが、これに比べると清掃や調整は平易な作業と言えます。そのため、この17時から18時までの法定労働時間内の残業代は、少し低い賃金設定になっております。
 
この「低い残業代」は法的に問題はないのでしょうか?
「通常の賃金」を支払う必要がないのか心配です。
 
もし「通常の賃金」を支払うとなれば、時間単価は8時間で割って計算するのでしょうか?
 
A.
御社のように、法定内残業に対する賃金を「別賃金」として、通常の賃金よりも低く設定することは、違法ではありません。
 
(なお、「通常の賃金」を使う場合は、「当該日の通常賃金÷7時間」で計算します。)
 
法定内残業に対する賃金は、「継続性」「労働の密度」で適性か否かを判断します。
 
☆所定労働時間内の労働と比較して、労働の密度が変わらず、かつ労働内容に継続性がある場合は、割増賃金計算の基となる「通常の賃金」を支払うことが望ましい。
9:00            17:00        18:00
△←―100%―――――→▲←100%――→▲←―125%――――→
△←―所定労働時間――→△←法定内残業→△←―時間外労働――→
△←―――――――法定労働時間――――→△
 
☆所定労働時間内の労働と比較して、労働の密度が異なり、かつ労働内容に継続性がない場合に、「別賃金」を設定することは違法ではない。
9:00            17:00         18:00
△←―100%―――――→▲←【別賃金】――→▲←―125%―――→
△←―所定労働時間――→△←法定内残業―→△←―時間外労働―→
△←―――――――法定労働時間―――――→△
 
回答は以上です。
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回答は以上ですが、ご質問の内容は、『労使間のトラブルにもなりかねない問題』ですので、上記回答の根拠を以下に詳しくご説明します。
 
 
【法定内残業とは】
 
1日8時間を過ぎた労働は法定時間外の労働であるため、労基法37条によって割増賃金の支払いが使用者に義務付けられています。これが労基法上の「時間外労働」です。

しかし世間一般には、会社の終業時刻を超えた「残業」は全て「時間外労働」だと誤って理解されていることがあります。そのため、世間一般にいう「残業」の中には、「法定内残業」の部分と、労基法上の「時間外労働」の部分とがあることを明確に区分しておく必要があります。
 
「法定内残業」とは、「所定労働時間を超える残業であるけれど、時間外労働に該当しない残業のこと」をいいます。
 
なお割増賃金に関しては、法定内残業は労基法37条の対象となりませんから、割増賃金は不要です(会社によっては支払っているところもあります)。また、残業が法定内だけであれば、三六協定の締結は不要ですが、たとえ法定内であっても残業を命じるためには,労働契約上の根拠が必要です。
 
【法定内残業の賃金の定め方】
 
厚生労働省労働基準局の行政通達から、法定内残業の賃金についての行政の判断を確認します。
 
①法定労働時間内の残業時間については、割増賃金の対象とならない
 
「割増賃金計算の基礎となる時間数は,規則第19条により当該事業場において定められた労働時間(所定7時間)である。なお,8時間目においては,週法定労働時間を超えない限り割増賃金を支払うか否かは自由である。」(昭22.12.15基発501号,昭63.3.14基発150号,平11.3.31基発168号)
 
②法定内残業時間の賃金については、最低賃金を下回らない限度で、任意に定めることができる
 
「(法定内残業の時間については)原則として通常の労働時間の賃金を支払わなければならない。ただし,労働協約,就業規則等によって,その時間に対して別に定められた賃金額がある場合には,その別に定められた賃金額で差し支えない。」(昭23.11.4基発1592合,昭63.3.14基発150号)
 
③法定内残業の有無にかかわらず、この時間の賃金を定額で定めた場合には、当該賃金は割増賃金の算定の基礎となる賃金に含めなくてもよい
 
「所定労働時間が1日7時間である事業場において,所定労働時間を超え,法定労働時間にいたるまでの所定時間外労働〔注:法定内残業のこと〕に対する賃金として,本給の外に一定月額の手当を定めている場合,その手当は法37条にいう通常の労働時間の賃金とは認められないから,同条(37条)の規定による割増賃金の基礎に算入しなくても差し支えない。」(昭29.7.8基収第3264号,昭63.3.14基発第150号)
 
上記行政通達の内、②のただし書きは、「賃金の額は必ずしも労働時間に比例するものではない」ことを示した重要なものです。
 
つい「賃金の額は労働時間に比例する」と考えてしまいがちですが、これは「時給制の労働者」の発想です。たしかに時給制であれば、労働時間に対して賃金が支払われるので、労働時間が延長されれば、その時間に対しては、通常の賃金を払う必要があります。
 
しかし、いわゆる「正社員」の場合に、時給制を採用することは有り得ません。
 
「賃金の額は必ずしも労働時間に比例するものではない」「労働の密度によって、労働の対価が変わることは、必ずしも不合理なこととは言えない」のです。
 
【労働密度と賃金額の関係】
 
平成17年(9月)の裁判において、この「労働の密度」に関する重要な判断が下されました。
 
 
判決より抜粋します。
 
「なるほど、賃金は、通常、労働の対価としての性質を備えているというべきであるから、労基法上の労働時間であると認められたときは、通常は,労働契約上定められた賃金を請求することができると解するのが相当である。
しかし、労基法の労働時間に当たるとされたものの一部について賃金を支払わないとか、労働時間の長さに比例した賃金を支払わないとする旨の労働契約を締結したり、就業規則を定めたりすることが全く許されない理由もない
。」(賃金支払請求控訴、同附帯控訴事件 H17.9.21東京高裁)
 
この裁判の中で、仮眠時間中の賃金が争われました。使用者である青梅市は、仮眠時間中は労働時間であると認めた上で、泊まり勤務の者については、定額の宿直手当(2,000円)を支給し、実際に目を覚まし労働に従事した時間について割増賃金を支払っていました。これに対し労働者側は仮眠時間帯のすべてについて125%の割増賃金の支払いを求めました。
 
これに対し東京高裁は、「しかし、控訴人も援用する昭和23年11月4日基発1592号の解釈例規〔注:上記の行政通達②のこと〕によれば、『労働協約,就業規則等によって、その一時間に対し別に定められた賃金額がある場合にはその別に定められた賃金額で差し支えない。』とされている。本件では、上記のとおり、まさに別に定められた賃金額があるということができるのであるから、控訴人の上記主張は認められない。」として訴えを退けました。
 
●要するに、就業規則等で定められた宿直手当が支払われる一方、実作業時間に対して時間外勤務手当および深夜勤務手当が支払われている夜間勤務については、これら以外の賃金の支払義務はないということです。
 
また判決では、「仮眠時間帯中に実際に作業に従事した割合は、『全仮眠時間の5.24%』に過ぎない」として、この時間帯が「通常の労働時間と比較して労働密度が疎なもの」と認定しました。
 
●この判決のポイントは、「労働の密度」です。「労働密度によってその対価が変わることは決して不合理なことではない」との判断が下されたのです。
 
貴社のご質問にあるように、所定労働時間が7時間である事業場において、法定労働時間に達するまでの法定内残業の内容が残務整理や後片付けが中心となっているのであれば、その時間帯の賃金を「別に定める」ことには、何ら問題はありません。(注意:もしきちんとした定めがなければ通常の賃金を払わなければなりません。)
 
終業時刻以降の労働が、内容に継続性がなく労働密度も大きく下がるような場合、それについて通常の賃金100%を保障する理由は必ずしもないのです。
 
【割増賃金の基礎となる賃金単価】
 
割増賃金の基礎となる賃金単価は、時給制であっても月給制であっても所定労働時間単位で計算することとされています(労基則19条)。つまり所定労働時間帯内の1時間当たりの「通常の労働時間の賃金」、すなわち時給換算した賃金を用います。
 
労基則19条
 
「通常の労働時間又は通常の労働日の賃金の計算額は、次の各号の金額に法定の労働時間を超えた労働時間数を乗じた金額とする。
1.時間によって定められた賃金については、その金額
2.日によって定められた賃金については、その金額を1日の所定労働時間数で除した金額
3.週によって定められた賃金については、その金額を週における所定労働時間数で除した金額
4.月によって定められた賃金については、その金額を月における所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異なる場合には、1年間における1月平均所定労働時間数)で除した金額
以下略
 
時間外労働に対して支払われるべき割増賃金単価は、この労基法則19条や上記①の行政通達にある通り、
所定労働時間単位で計算します。
 
1時間当たりの通常賃金は、「当該日の通常賃金÷8時間」ではなく、『当該日の通常賃金÷7時間』 ということになります。
 
このように、行政の運用上は、日給者も月給者も時給者とみなして、割増賃金の基礎となる賃金単価を計算しています。この行政の運用が、「賃金は労働時間に比例するもの」という錯覚をよんでいるのです。
 
【労基法37条(割増賃金)の意図】
 
労基法37条の本来の意図は、使用者に割増賃金を支払わせることによって本来違法である時間外労働を抑制させることです
 
法定内残業は、上記例のように労働密度が低い場合が有り得ますが、時間外労働では、そのようなことはあってはなりません。
 
そもそも「ダラダラ残業」などは、法律は想定していません。法定労働時間外に労働させるわけですから、きちんと三六協定を締結したうえで、業務の必要性がある場合にのみ、業務命令として労働させなければならないのです。
 
出典・参考文献
 
・「賃金支払請求控訴、同附帯控訴事件 東京高等裁判所第20民事部
 平成17年9月21日判決 平成16年(ネ)第3902号,第5789号
 (原審・東京地方裁判所八王子支部 平成14年(ワ)第2047号)」
「法令・通達等にみる割増賃金の考え方(ビジネスガイド06年6月)」
 社会保険労務士 森紀男/岩崎仁弥
「トップ・ミドルのための採用から退職までの法律知識(11訂)」
 弁護士 安西愈 著
「労働基準法解釈総覧(第12版)」
 厚生労働省労働基準局 編

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