人事労務の時事解説 2008年11月号
駐車違反の反則金を「社員の自己負担」にできる?
◆営業マンが駐車違反
営業マンが社用車での営業中に駐車違反で摘発されてしまいました。その会社では“経費節減”と称し駐車料金を支給していないため、やむなく路上駐車したのです。「反則金は自分で払うように」と上司はこの営業マンに言いましたが、問題はないのでしょうか。
◆改正道路交通法のポイント
改正道路交通法の施行により、2006年6月から駐車違反取締りの民間委託が始まり、同時に短時間の放置車両も摘発対象となりました。短時間駐車を繰り返す営業車の違反が取り締まられるケースも増えているようです。また、介護ヘルパーや訪問看護師などが利用者を車で訪ねた際に、駐車許可証を掲示していたにもかかわらず厳しく取り締まられてしまうケースなども増加しているようです。
上記改正では、単なる取締りの強化だけでなく、放置車両における「使用者責任」の拡充も大きなポイントとなっています。違反を摘発しても運転者が出頭せず、車両所有者の会社も「誰が運転していたかわからない」などと釈明する例が増えていました。このため、いわゆる「逃げ得」をなくすために、運転者が出頭しない場合、使用者に放置違反金の支払いを課すことになったのです。
上記の例の場合、運転手である営業マンが出頭しなければ会社に放置違反金が課され、その支払いを拒めば当該車両の車検が受けられなくなります。
◆問われる企業の使用者責任
企業は、民法の規定により、従業員に対する使用者責任を負っています。すなわち、従業員が不法行為をしないように指導する義務と、不法行為があった場合に代わりに責任を負う義務があるのです。
違法駐車の場合、本来は運転者に支払義務がありますが、上記の例の場合、会社が駐車料金を支給していないため、運転者の不法行為を助長していたとも言えます。また、従業員に駐車場代を負担させていたこと自体も問題と言えます。会社が仕事に必要な措置を講じていなかったと解釈できるからです。この場合は、会社が反則金の一部ないし全額を負担しなければならない可能性が高くなってきます。
上記の例では、会社が反則金を負担し、そのうえで従業員が違法駐車をしないように駐車場を確保したり、駐車料金を支給したりする仕組みが求められるでしょう。従業員が違反しないルール作りをすることこそが、会社に求められていると言えるのではないでしょうか。
業績悪化に伴う内定取消はどのような場合に認められる?
◆業績悪化に伴う内定取消が増加
米国のサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機に伴う急激な株価下落や景気悪化の影響による企業の業績悪化・業務縮小・事業撤退などを理由として、来春就職予定の学生の内定が取り消されるケースが相次いでいるそうです。業種は、不動産、住宅販売、建設、生命保険、ホテル、情報通信、システム開発、専門商社など多岐にわたっています。
大学側では「企業の業績悪化が深刻化してくるとさらに内定取消が増加するのでは」「実際にはもっと多くの学生の内定が取り消されているかもしれない」「この時期にこんなに内定取消が相次ぐことはここ数年間なかった」などといった不安の声もあがっているようで、また、2010年春に卒業・就職予定の現在の大学3年生の就職活動にも影響が出てきそうです。
企業・大学・学生いずれにとっても非常に深刻な問題である内定取消は、どのような場合に認められるのでしょうか。
◆裁判所の考え方は?
内定取消は、一般的に「客観的にみて内定を取り消してもやむを得ない事情がある場合」にのみ許され、単なる業績悪化だけを理由として簡単に認められるものではないとされています。
裁判例(大日本印刷事件:最判昭和54年7月20日)では、会社が応募者に「採用内定通知」を発して、応募者がこれに応じる旨の「誓約書」を提出した場合には、入社日を「採用内定通知」に記載された時期とし、「誓約書」に記載された採用内定取消事由が発生したときは当該契約を解約できるとの解約権が留保された労働契約が成立していると考えられる、としています。
さらにこの留保解約権については、内定の当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる、としています。
◆「整理解雇の4要件」との関係
また、経営悪化を理由とする採用内定取消の場合について、いわゆる「整理解雇の4要件」の考え方に沿った判断を下した事例がありあます(インフォミックス事件:東京地決平9年10月31日)。
この事案では、(1)人員削減の必要性、(2)採用内定取消の回避の努力、(3)人選の合理性は認められるが、(4)手続きの面において十分な説明が欠けていたとして、採用内定の取消が無効と判断されています。したがって、採用内定を取り消すべきかどうかは、上記の4要件の考え方に沿って慎重に考えなければなりません。
適年制度廃止に向けて規制緩和の方針
◆給付を設計しやすく
厚生労働省は、10月の企業年金研究会において、「確定給付企業年金」と「厚生年金基金」について、給付を設計しやすいように規制緩和を行う方針を打ち出しました。これにより、職種や加入期間ごとに給付内容に格差をつけたり、給付額を従来よりも抑えたりすることが認められるようになります。
◆適年からの現在の移行状況は?
2001年の確定給付企業年金法の成立に伴い、2012年3月末に適格退職年金は廃止されます。適格退職年金の受託件数は、2002年3月末時点(73,582件)と2008年3月末時点(32,826件)を比べると、4万件以上の減少となっています。他の制度に移行するか、廃止するか、まだ方向性の決まっていない企業は残り3年半ほどの間にその選択を迫られています。
現在の移行状況としては、厚生年金基金が70事業所、確定給付企業年金が4,475事業所(いずれも今年6月1日時点)となっています。また、確定拠出年金は4,931事業所、中小企業退職金共済制度は15,064事業所(いずれも今年8月末時点)です。
今回の規制の緩和は、確定給付企業年金や厚生年金基金の使い勝手を良くすることで、適格退職年金の受け皿とすることが狙いです。
◆移行促進のための規制緩和
年金給付の設計としては、加入期間に応じて一定額を与える「定額制」、給与に応じて給付額が決まる「給与比例制」などがあります。従来は1つの給付設計の中で違うメニューを用意することはできませんでした。今後は、給与比例制を選んだ場合でも一般職と専門職で給付計算の乗率に差をつけるなど、職種ごとに異なる給付の算定方法を用いることができるようになります。
また、給付額に上限や下限を設けることも可能になります。給与比例の給付設計の場合、高い給与の従業員には高額の年金を払わねばならず、これは基金にとって財政的な負担となります。上限を設ければ負担が減るため、複数の企業で年金基金を運営しやすくなります。また、他にも給付額の改定方法の弾力化(一定の額へ改定することを認める等)や、休職期間中の者の掛金非拠出を認めることなども定められる見通しです。
◆適年制度廃止に向けて環境が整備
適格退職年金の廃止に向けては、確定給付企業年金や確定拠出年金の制度を整備し、また、中小企業退職金共済制度も緩和するなど、制度廃止に向けての環境は、すでにかなり整ってきていると思われます。さらにこの規制緩和となれば、確定給付企業年金や厚生年金基金などに移行へのはずみになるのではないでしょうか。
未払い残業代の支払い等を求める労働審判や民事訴訟
◆サービス残業への是正指導が過去最多に
従業員に残業代を支払わなかったとして労働基準監督署から是正指導を受け、結果的に1社で100万円以上の未払い残業代を支払った企業の数が2007年度に1,728社(前年度比約3%増)となり、厚生労働省が集計を開始した2001年度以来、最多を更新したことが明らかになりました。また、支払総額も計272億4261万円(同約20%増)となっており、同じく過去最高を更新しています。
同省では、「労働者やその家族の方などから、各労働局、労働基準監督署に対して長時間労働、賃金不払残業に関する相談が多数寄せられており、これらに対して重点的に監督指導を実施した結果である」と分析しています。
このようにサービス残業は依然として増加傾向にあるようで、最近では「名ばかり管理職」「偽装請負」に関する問題などもあり、労働者や退職者が未払い残業代の支払いや地位の確認などを求めて労働審判や民事訴訟などを提起するケースも増えています。
以下では最近の事例を見てみましょう。
◆グッドウィルの元支店長らが労働審判申立て
今年の7月末に廃業した日雇い派遣大手「グッドウィル」の元支店長ら19人(25歳〜49歳のいずれも男性)は、自分たちは「名ばかり管理職」として扱われていたなどとして、同社を相手に未払い残業代(合計約6,721万円)の支払いを求める労働審判を、東京地裁に申し立てたそうです。請求している未払い残業代は1人あたり約120万円〜635万円です。
また、4人については、廃業に伴って解雇が行われた際に十分な退職金の積み増しや再就職先のあっせんが行われなかったとして、解雇の違法性についても争うとのことです。
◆元自転車便スタッフが正社員地位確認の民事訴訟提起
バイク便大手である「ソクハイ」の元自転車便スタッフの男性(31歳)は、個人事業主として運送請負契約を締結して業務を行っていたが、会社の指示に従って運送を行うなど自由裁量はほとんどなく、実態は正社員と変わらなかったとして、同社を相手に「正社員としての地位確認」と「約360万円の損害賠償」を求める訴訟を東京地裁に提起しました。
男性は営業所長として採用面接やスタッフの教育なども行っていたようであり、「同社に指示監督されており。偽装請負状態だった」と主張しているそうです。
なかなか進まない企業による「外国人雇用状況」の届出
◆改正法の施行から1年が経過
外国人労働者の雇用改善等を目指した「改正雇用対策法」の施行から1年が経過しました。外国人の就労実態を把握しようと、企業に外国人労働者の雇用状況(就職・離職)の届出が義務付けられましたが、煩雑さなどを理由にあまり浸透していないのが現状です。新制度が外国人の雇用改善や不法就労防止に結びつくのか、早くも実効性が問われ始めています。
◆3割強の低い補足率
厚生労働省は9月上旬、新制度になって初めて、全国のハローワークが受理した外国人雇用の届出状況(6月末時点)を公表しました。直接雇用している外国人労働者数は全国で33万8,813人と、任意提出だった2007年に比べて約4割増えたとみられています。出身国別では中国が44.2%(約15万人)でトップ、次いでブラジルの20.9%、フィリピンの8.3%となっています。
改正雇用対策法施行(2007年10月1日)までの雇用に関しては今年10月1日までが届出猶予期間であり、発表された数字は途中集計のもので、まだ届出されていない人数は、かなり多いものと思われます。法務省入国管理局や厚生労働省のデータなどから推計すると、外国人労働者数は約100万人とも言われており、仮に100万人とすれば捕捉率は3割強にすぎません。
◆企業の対応に温度差
一部の外国人労働者は、不法な低賃金で、劣悪な環境の下で働いていると指摘されています。改正雇用対策法のねらいは、事業主に雇用条件の改善を促すとともに、雇用状況の届出を法的に義務付けて、把握した数値などを今後の施策に活用していくことです。
ただ、企業の対応には温度差があり、厚生労働省では届出が進まないことに頭を悩ませている状況です。各企業からは、「届出を義務付けたことで現場の作業が煩雑になった」という声があがっています。国も現場の負担を軽減するよう取り組んではいますが、届出には外国人の氏名や在留期限、在留資格などの記入が必要で、実際には事業主の負担が大きいと言わざるを得ません。
◆不法就労防止・再就職支援に向けて
国は事業主からの届出を活用して、不法就労の防止や離職した外国人の再就職支援などを図りたい考えです。しかし、企業の対応がばらついたまま届出数が伸びなければ、適切な対策を打ち出せないおそれもあります。不法就労などの問題があるケースほど届出しにくいという側面もあり、厳格に提出を義務付けることが必要である半面、事業主の協力が得られない中での中途半端な対策は、外国人への真の就職支援につながらないのではないでしょうか。
今後の届出の進捗状況を見極めたうえで、届出制度とその内容について具体的な見直しが必要になるかもしれません。
深刻な「下請けいじめ」「下請けたたき」の実態&対策
◆急増する「下請けいじめ」
東京都は、2008年4月から10月の間に「財団法人 東京都中小企業振興公社」に寄せられた下請け取引に関する相談件数(親事業者と下請け企業に関する禁止事項を定めている「下請代金支払遅延等防止法」に抵触する可能性のあるもの)が214件となり、2007年度の通年実績(80件)の約2.7倍に達したと発表しました。景気の後退を背景として不当な事例が増加しているとみられ、過去最高のハイペースで推移しています。
相談の内容は、「売上金回収時に一方的に値引きを迫られた」などといった代金回収に関するものや、「予告なしに突然取引中止を告げられた」などといった取引契約に関するものが多いそうです。
以前から「下請けいじめ」は問題となっており、中小企業庁は「下請代金支払遅延等防止法」に基づいて下請け取引が適正かどうかを調査して改善指導を行っていますが、これまでに他にも様々な対策を打ち出しています。
◆原油高対策としての下請け取引適正化
中小企業庁では原油高となっていた今年8月に、下請け取引の適正化を促進するための対策を発表しました。これは、原油高を理由とする価格転嫁が難しい中小企業が多いため、大企業による不当な下請け取引の強要を防ぐのが狙いでした。
具体策としては、原油高の影響が大きいと考えられる建設・自動車などの業種を中心として、代金の支払遅延など問題のある行為があるとみられる大企業から事情聴取を行い、特別立入検査も行うとするもので、8月下旬から実施されています。
◆「下請けたたき」通報制度
また、厚生労働省では今年の7月に、労働基準監督署が賃金不払い等を把握した場合、その原因がいわゆる「下請けたたき」であると認められるときには、公正取引委員会や経済産業省に通報する制度をつくるとの方針を発表しました。同省では、中小企業の労働者保護のためには下請け問題への対策が必要と判断したものです。
また、同省では、同省が発注する公共工事について、元請業者と下請業者との間に契約等に関してトラブル(原価割れ受注を強要された、割引困難な長期手形を交付された等)があった場合の下請け業者のための相談窓口
(「下請けに関する相談窓口」 http://www.mhlw.go.jp/sinsei/chotatu/dl/02.pdf)を設けています。
ますます深刻化する「消された年金問題」
◆次々見つかる標準報酬月額の改ざん
厚生年金の計算をする際に使われる「標準報酬月額」の改ざんが発覚した、いわゆる「消された年金問題」ですが、その広がりが深刻化しています。
政府の発表によると、標準報酬月額のコンピュータ記録1億5000万件のうち、5等級以上も下げられた記録が75万件に上ることが判明しました。厚生労働省は、処理が不適切だった可能性の高い約6万9000件を優先的に調べるようですが、実態の把握は困難であり、被害者の救済にも時間がかかりそうです。
◆記録改ざんの背景は
標準報酬月額は、厚生年金の支給額を決めるときの基準となる毎月の報酬であり、1〜30の等級に分かれ、どの等級に該当するかで支払う保険料が決まってきます。この標準報酬月額に対して、事業主が過去に遡って報酬を減らしたり、加入期間を短くしたりするのが改ざん行為の代表例です。これらは、社会保険事務所職員と経営状態の苦しい事業主が相談し、改ざんしたケースも多いといわれています。
この背景には、社会保険事務所における内部事情があります。事業主が保険料を滞納すると社会保険事務所の徴収成績は下がってしまいます。担当職員が徴収成績を上げるための効果的な手法として、「本来納めるべき保険料よりも少なく払ってもらう」という働きかけを事業主に対して行っていた可能性が高いようです。
社会保険事務所の上司の指示により組織的に改ざんしたケースや、自然に職員の間に広まっていったケースなどもあると見られています。
◆被害者の救済が急務
最も問題となるのは、被害者の救済です。例えば、標準報酬を30等級(62万円)から25等級(47万円)に下げられたまま40年間にわたって保険料を納付すると、老後にもらえる年金が概算で月3〜5万円程度減ってしまうことになります。多くの場合、事業主は報酬を引き下げたことを従業員には隠しており、受給年齢に達するまで年金が減ることに気が付かないことが想定されます。社会保険庁では、戸別訪問などを始めているようですが、すべての受給者の確認作業が終わるのはまだまだ先となってしまいます。
この問題に関して、報酬の記録を確認したい場合は、社会保険事務所に行くか、社会保険庁の「年金個人情報提供サービス」(http://www.sia.go.jp/sodan/nenkin/simulate/)で照会するなどの対策を取るとよいでしょう。
苦しさを増す介護事業者の支援策
◆苦しい経営実態
厚生労働省は、「平成20年介護事業経営実態調査」を発表し、介護施設の苦しい経営実態が明らかになりました。
前回調査(2005年)と比較すると、利益率(収入に対する利益の割合)が、例えばデイケアでは18.9%から4.5%に、特別養護老人ホームでは13.6%から3.4%に大きく下がるなど、15種のうち11種で低下しています。また事業規模別では、事業規模の小さいところほど経営が厳しくなっているようです。
◆2009年4月から介護報酬引上げ
上記のような現状から、政府・与党は、介護労働者の待遇改善を図るため、2009年4月から介護報酬(介護事業者に支払われるサービスの公定価格)を3%引き上げることを決定し、先ごろ発表した「新総合経済対策」(追加経済対策)に盛り込みました。介護報酬は3年に1度改定されることになっていますが、プラス改定は2000年度の介護保険制度発足以来初となります(2003年はマイナス2.3%、2006年はマイナス2.4%といずれも引下げ)。
報酬引上げは保険料アップにも繋がります。本来であれば来年度から月300円程度上昇する計算になるそうですが、急激な保険料負担増を回避するため政府が肩代わり(国費から1,200億円を投入)する方針で、2009年度の介護保険料は全国平均で1人あたり月150〜200円程度(3〜5%程度)の引上げとなる見通しです。
◆自治体で独自の対策も
東京都杉並区では、介護事業者向けの緊急融資を行うと発表しました。同区内の通所介護施設や特別養護老人ホームを運営している介護保険事業者に対して、介護報酬3カ月分以内(最高300万円)を無利子で融資する制度を今年の12月に創設し、経営が悪化している介護事業者を支援していくそうです。融資期間は6年で、用途は運転資金に限定されています。対象は従業員300人以下の社会福祉法人とNPO法人です。