勉強会資料09〔34就業規則 11裁判員制度〕
「裁判員休暇制度」正しい考え方と導入時の留意点
裁判員制度開始で待ったなし!自社の状況に応じた最適な対応は?
ビジネスガイド(日本法令)2009.01
弁護士 向井蘭
http://www.labor-management.net/
社会保険労務士 近藤裕江
http://www.sr-core.net/
1「裁判員休暇」の動向
平成16年に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下,「裁判員法」という)が制定されましたが,いよいよ平成21年5月21日より,裁判員制度が始まります。
裁判員制度とは,一定の刑事裁判において,国民から事件ごとに選ばれた裁判員が裁判官とともに審理に参加する裁判制度を指します。実際には,平成21年7月下旬から,裁判員が参加する刑事裁判が開始される予定です。
制度開始に向け,連合は平成20年春闘において,裁判員制度のための特別休暇(以下,「裁判員休暇」ともいう)を有給で創設する労働協約の締結を方針の1つとして掲げました。しかし,連合の調べによれば,裁判員休暇について労働協約を締結できた企業は,平成20年8月時点で約6%にとどまっています。また,企業に労働協約締結を要求した労働組合自体が10%未満にとどまったことなどから,そもそもほとんどの労働組合が裁判員休暇について労働協約を締結することに取り組んでいないようです。
裁判員休暇については,使用者が就業規則で定めれば足り,必ずしも労働協約を結ばなくとも足りますが,労働組合に加入している従業員がいるのであれば,団体交渉事項として協議することが必要です。裁判員に選任された従業員に対し,年次有給休暇を使用させるのか,裁判員休暇を与える
のか,与えるのであれば有給扱いにするのかなど,いざ従業員が裁判員に選任されてから対応を決めるのでは遅過ぎます。特に,従業員が裁判員に選任されたことを受けて急いで対応を決めると,会社の経営状況では有給の裁判員休暇を認めるのが難しいにもかかわらず,見切り発車で有給の裁判員休暇制度を導入してしまい,結局経営に支障が生じて従業員とトラブルになることも考えられます。
後ほど詳しく述べますが,裁判員法は,裁判員休暇制度を有給で創設することを義務付けているわけではありません。来年の制度開始までに,使用者は従業員または労働組合と話合いの機会を持ち,会社の規模, 事業内容に応じた対応を検討すべきです。
本稿では,「裁判員休暇」について,使用者側がどのように考え,どのように対応すべきか,解説していきます。
2 裁判員制度・裁判員休暇の概要
まず,裁判員制度について,簡単にまとめておきましょう。
市区町村の選挙管理委員会
毎年度,選挙人名簿に登録されている者の中から裁判員候補者の予定者をくじで選定し,裁判員候補予定者名簿として地方裁判所に送付(裁判員法21条,22条)
↓
地方裁判所
裁判員候補予定者名簿をもとに,毎年度,裁判員候補者名簿を作成し,この名簿に記載された者にその旨を通知(裁判員法23条,25条)
↓
地方裁判所
各事件ごとに,裁判員候補者名簿の中から呼び出す者をくじで選任選任された「裁判員候補者」の自宅に,質問票と呼出状を送付(裁判員法27条,30条)
↓
裁判員候補者
↓
地方裁判所
出頭した裁判員候補者の中から,非公開で裁判員と補充裁判員(※)を選任
(裁判員法33条)
↓
裁判員による審理
【補充裁判員】
ニュースや報道では,「裁判員」とまとめて呼称されていますが,裁判員法は,実際に審理に参加する裁判員のほかに,補充裁判員,裁判員選任の手続きの期日に出頭した裁判員候補者などを日当の支給対象として手続上予定しています。したがって,就業規則や労働協約で,裁判員休暇制度を設けるためには,補充裁判員や期日に出頭した裁判員候補者についても考慮する必要があります。
裁判員が病気などにより途中で欠けると,審理を中断して裁判員を追加で選び,証拠調べをやり直すことになります。こうした事態を防ぐため,裁判員法は,審理が長引くような場合,裁判所は補充裁判員を審理に立ち会わせることができると定めています(10条)。ただし,補充裁判員は,証人などに直接質問することができず,評議で意見を述べるのも裁判官から求められた場合に限られており,結論を決める評決にも加わることができません。審理が進み,必要がなくなれば解任されます。日当は,裁判員と同じく上限1万円です。
裁判員との違いはありますが,補充裁判員といえども,審理には参加するわけですから,補充裁判員にも裁判員同様の負担が生じ,会社には出勤できなくなります。したがって,就業規則や労働協約で,裁判員制度のための特別休暇を設ける際には,補充裁判員も対象となることを明記する必要があります。
裁判員の審理は,7割の事件が裁判員選任も含めて3日間以内に終了するとされていますが,否認事件や責任能力が争われて いる事件については長期化するおそれがあります。この間,裁判員に選任された従業員は通常の業務に従事することができないことになります。また,最終的に裁判員にならなくとも,裁判員候補者として呼び出されれば,選任手続が行われる1日については,通常の業務ができなくなります。
裁判員候補者として呼び出される者は1事件につき50名から100名,裁判員および補充裁判員に選任される者は合計8名くらいといわれています。裁判員候補者が裁判員として選任されるかは当日まではわかりませんので,裁判員として選任される可能性を踏まえて,3〜5日間仕事を休ませ,代替要員を補充しなければなりません(結局選任されなければ,代替要員を補充したにもかかわらず,休むのは1日だけということにもなります)。
裁判員法は,100条で,使用者は「労働者が裁判員の職務を行うために休暇を取得したことその他裁判員,補充裁判員,選任予定裁判員若しくは裁判員候補者であること又はこれらの者であったことを理由として,解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めており,裁判員等の任務に就いたこと,裁判員等の任務のために仕事を休んだことなどを理由に,解雇などの不利益な取扱いをすることを禁止しています。
しかし,裁判員としての業務に従事するために従業員が会社を休む場合,年次有給休暇を使用するのか,特別休暇を設けてこれを使用させるのか,裁判員休暇の期間は有給か無給かについては定めがなく,扱いは各使用者の判断に委ねられています。
3「裁判員休暇」に対する使用者の考え方
労務行政研究所の平成20年7〜8月の調査によると,従業員が裁判員として会社を休む場合に備えて対応を決めているかどうか尋ねたところ,46.5%の企業が「すでに決めている」と回答し,このうち約89%の企業がその対応として「休暇を与える」としています。この企業のうち,約70%の企業が有給休暇にすると答えましたが,一方で,無給とする企業も約8%ありました。
裁判員休暇を設けるか否かについて,各使用者はどのように対応すればよいのでしょうか。
(1)裁判員業務についての考え方
労働基準法7条は,「使用者は,労働者が労働時間中に…公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては,拒んではならない」と定めています。裁判員として審理に参加することなどは「公の職務」に当たりますので,使用者は,従業員が裁判員として審理に参加するために仕事を休むことを拒むことはできません。
また,裁判員法100条は,前述の通り,「労働者が裁判員の職務を行うために休暇を取得したことその他裁判員,補充裁判員,選任予定裁判員若しくは裁判員候補者であること又はこれらの者であったことを理由として,解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めているので,一見すると使用者は裁判員休暇を設け,かつ有給扱いにしなければ「不利益な取扱い」をしたことになるように思えます。
しかし,以下の通り,賃金の取扱いについては,たとえ無給扱いとしても「不利益な取扱い」をしたことにはなりません。
使用者は,従業員と雇用契約を結んでいますが,従業員は使用者に対し労務を提供し,使用者は従業員の労務の提供に対して賃金を支払います。使用者は,使用者が指揮命令する業務に従業員が従事したことに対し,賃金を支払うということです。したがって,従業員が裁判員として業務を行っ たとしても,これは本来の業務についての労務提供ではないため,使用者は,従業員の裁判員業務に対して賃金を支払う必要はありません(ノーワーク・ノーペイの原則。下図参照)。
○ 使用者← 本来の業務についての労務提供 ←従業員
○ 使用者→ 賃金支払い →従業員
× 使用者← 裁判員になったことにより労務提供なし ←従業員
× 使用者→本来の業務についての労務提供がないことにより賃金支払義務なし→従業員
ただし,従業員も希望して裁判員に選ばれているのではなく,単に衆議院議員の公職選挙人名簿登録者から,くじで選ばれているに過ぎません。にもかかわらず,「あなたは裁判員として選任され裁判員として審理に参加している期間は業務を行っていないのですから,あなたに裁判員として審理に参加している期間中の給料は一切支払いません」というのも,従業員にとってはひどい話です。
そこで,使用者が,年次有給休暇を使用させて裁判員として審理に参加させるのか,裁判員として審理に参加した場合の特別休暇を設けるのか,特別休暇を設けるとして,有給扱いとするのか,無給扱いとするのかという問題が発生します。
(2)裁判員の日当等と「裁判員休暇」との関係
裁判員,補充裁判員および裁判員選任手続の期日に出頭した裁判員候補者に対しては,旅費,日当および宿泊料が支給されます(裁判員法11条,29条2項)。
日当は,出頭または職務およびそれらのための旅行に必要な日数に応じて支給され,その額については,裁判員および補充裁判員については1日当たり1万円以内において,裁判員選任手続の期日に出頭した裁判員候補者については1日当たり8,000円以内において,裁判所が定めるものとしています。
仮に従業員が裁判員になったとして,従業員が年次有給休暇を取得する場合は問題になりませんが,使用者が特別休暇を定め,この特別休暇について有給とした場合は,従業員は一方で裁判員として日当を受領しながら,他方で通常の賃金の支給を受けることになります。この点については,特段法律の定めはありませんので,使用者が個別に定めることになります。
4 裁判員に選任された従業員の休暇の取扱い
(1)年次有給休暇を使用してもらう場合
前述の通り,使用者は,従業員に対し,使用者が指揮命令する業務に従事したことに対して賃金を支払うのであり,従業員が裁判員として業務を行ったとしても,使用者は,裁判員業務に対して賃金を支払う必要はありません。したがって,使用者が裁判員休暇を設けず,年次有給休暇の使用により裁判員業務に従事してもらうものとしても,法的には何ら問題はありません。
ただし,年次有給休暇が発生するためには,従業員が6カ月間継続勤務し,全労働日の8割以上出勤するという要件を充足している必要があります。これを充足していない従業員,例えば入社して間もない従業員が裁判員に選任された場合は,この従業員は無給で裁判員の審理に参加しなければならないことになります。もちろん日当は支払われますが,審理が長期化した場合に,従業員の生活が成り立たなくなる可能性もゼロではありません。
このような場合は,裁判員休暇を定めていなくとも,任意に裁判員として審理に参加している期間を有給の休暇として取り扱うことは可能です。いつからいつまで有休扱いとするのか,有休扱いとする場合に賃金を通常通り100%支払うのか,一部のみ支払うのか,会社の業務・経営状態を判断してケースバイケースで判断されたらよいかと思います。
(2)有休扱いで給与を支給する場合
日当を審理に参加したことに対する報奨としてとらえ,裁判員として会社を休んでいる期間のすべてを有給の休暇として取り扱う場合,規定例としては次の2つのケースが考えられます。
①「裁判員休暇」を新設する
(裁判員休暇)
第●条 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の施行に伴い,次の各号に該当し,事前に従業員本人から請求があった場合,裁判員休暇を与える。
① 裁判員候補者として通知を受け,裁判所に出頭したとき
② 裁判員もしくは補充裁判員として選任を受け,裁判審理に参加するとき
2 休暇を請求しようとする場合は,裁判員候補者通知を受けた後,速やかに,会社へ裁判所から交付される証明書を添付して申し出るものとする。また,裁判員および補充裁判員に選任された場合も同様とする。
3 休暇を取得する者は,休暇に入るまでの間に必要な業務の引継ぎを完了しなければならない。
4 前項の休暇期間は有給とし,所定労働時間勤務したものとして扱う。
休暇を有給扱いとするにあたっては,裁判所に出頭する事実を確認するための証明書を提出してもらうなど,従業員が裁判員として休暇を取得する事実を確認する必要があります。また,休暇にあたって,その手続き,業務に支障ない引継ぎが必要なことなどについても,従業員に対して明らかにしておく必要があります。
② 既存の規定を準用する
既存の就業規則の中に有給扱いの「特別休暇」が規定されており,その条項として「公民権の行使」「公の職務の執行」が定められている場合には,裁判員候補者,裁判員または補充裁判員として出頭することは「公の職務」に当たりますので,それらの条項を準用して対応することも可能です。
なお,従業員が裁判員休暇を取得しやすい環境を整えるという配慮から,「裁判員候補者として通知を受け,裁判所に出頭したとき」「裁判員もしくは補充裁判員として選任を受け,裁判審理に参加するとき」など具体的な別途項目を追加し,周知することがより望ましいと思います。
(特別休暇)
第●条 従業員が次の各号により出勤できない場合,特別休暇を与える。
① 天災その他の災害,交通機関の途絶等,やむを得ない事由により出勤できないとき
② 従業員本人,同居人または近隣の者が法定伝染病に罹患し,予防上,必要があるとき
③ 選挙その他公民権の行使,公の職務の執行により,官公署に出頭を命じられたとき
④ 裁判員候補者として通知を受け,裁判所に出頭したとき
⑤ 裁判員もしくは補充裁判員として選任を受け,裁判審理に参加するとき
⑥ その他会社が認めるとき
2 前項の休暇期間は所定労働時間勤務したものとして扱う。
(3)無給扱いにする場合
①「裁判員休暇」を新設,または既存の規定を準用する
裁判員休暇は設けるが給与については無給扱いとする場合,給与の支払いがないことを明記しておかなければなりません。この場合,前述「裁判員休暇」規定例の給与の取扱いの部分(ここでは第4項に該当)を無給とすることで対応できます。
また,以下のように,すでに就業規則に規定されている条文(ここでは「公民権行使の時間」)の規定を準用して,裁判員候補者,裁判員または補充裁判員としての出頭が無給であることを明らかにする方法もあります。
(公民権行使の時間)
第●条 従業員が勤務時間中に選挙その他公民としての権利を行使するため,または公の職務を執行するために,あらかじめ申し出た場合は,それに必要な時間を与える。ただし,業務の都合により,時刻を変更する場合がある。
2 前項の時間は,無給とする。
② 審理が長期化した場合の取扱いについて
前述した通り,裁判の事案内容によっては審理期間が延び,休みが長期化することも予想されます。裁判員は正当な理由がある場合には辞退することができますが,「審理中に給与が出なくて生活に支障が出るから」という理由での辞退は認められません。
この場合に,従業員は長期間日当だけで生活しなければならなくなります。これは,従業員にとってあまりにも酷な話です。
そこで,休暇のうち一定の日数までは無給扱いとするが,それ以後は有給扱いとすることも可能であると思います。
(裁判員休暇)
第●条 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の施行に伴い,次の各号に該当し,事前に従業員本人から請求があった場合,裁判員休暇を与える。
(中略)
2 前項の休暇期間は原則として無給とする。ただし,○日を超える審理終了までの期間については,所定労働時間勤務したものとして扱う。
(4)支給される日当の差額分のみ支給する場合
前述の通り,裁判員として審理に参加すれば,裁判所から日当が支給されます。裁判員・補充裁判員として審理に参加した場合は1日1万円以内,裁判員候補者として裁判所に出頭した場合は1日8,000円以内の日当が支払われます。
したがって,平均賃金の100%を支払うことはしないけれども,日当と平均賃金との差額を支払う取扱いとする裁判員休暇を設けることも可能であると思います。
第●条 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の施行に伴い,次の各号に該当し,事前に従業員本人から請求があった場合,裁判員休暇を与える。
(中略)
2 前項の休暇期間は所定労働時間勤務したものとして扱う。ただし,法の規定に基づき,日当の支給を得た場合には,給与から日当に相当する額を控除して支給するものとする。
ただし,裁判所が日当を支払うのがいつになるのかは明確ではありません。日当の支払いが翌月,翌々月になれば,給与規程上は裁判員として審理に参加した場合に日当と日当控除後の給与を受給できるとしても,日当の支給が遅れれば,日当の支給までに通常より低い賃金を受領することになるため,従業員の生活に影響が出ることになります。その場合,従業員のモチベーションが下がることが考えられますので,注意が必要です。
(5)出勤率の取扱いについて
労働基準法39条7項では,業務上の負傷または疾病のために休業した期間,育児・介護休業期間,産前産後の休業期間について,出勤率の関係では出勤したものとみなすと定められています。では,裁判員休暇について,年次有給休暇の出勤率をどのように考えるべきでしょうか。
この点を明らかにした通達等は現在のところありませんが,次のように考えることができます。
年次有給休暇が成立するためには「全労働日の8割以上出勤」が必要で,「全労働日」は,労働者が労働契約上労働義務を課せられている日を指します。また,労働基準法7条は,「使用者は,労働者が労働時間中に…公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては,拒んでは
ならない」と定めています。前述の通り,裁判員として審理に参加することは,「公の職務」に当たるため,(たとえ裁判員休暇を設けていなくとも)裁判員として審理に参加,もしくは裁判員候補者として裁判所に出頭した日は,労働義務はないことになり,年次有給休暇の成立要件たる「全労働日」に当たりません。
したがって,年次有給休暇の出勤率を算定するうえでは,裁判員として審理に参加,もしくは裁判員候補者として裁判所に出頭した日は「全労働日」に含めず,裁判員として審理に参加,もしくは裁判員候補者として裁判所に出頭した日を除いた「全労働日」を分母として出勤率を計算すればよいということになります。
【執筆者略歴】
向井蘭(むかいらん)
平成9年東北大学法学部卒業。平成13年司法試験合格。平成15年弁護士登録(第一東京弁護士会)。使用者側で労働事件を主に扱う事務所に所属(狩野・岡・向井法律事務所)。
近藤裕江(こんどうひろえ)
労務プランニング井下事務所所属。社会保険労務士。大手総合研究所にて人事・研修の業務に従事。現在は,国内・外資系企業など様々な規模の顧客を持ち,労務相談・労働時間制度導入支援,時事問題まで視点を拡げたリスク対応型就業規則の作成を行う。