日本マクドナルド事件 東京地裁 平成20年1月28日判決要旨

店舗店長職の管理監督者性と割増賃金、付加金請求等

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主  文

 

1 原告の訴えのうち,原告が,被告に対し,被告の直営店店長としての地位にある間, 労働基準法36条の規定による労使協定の締結及び同協定の所轄労働基準監督署長への届出がなされ, 同協定内容が周知され, かつ, 同協定が定める事由及び限度時間の範囲でなければ, 1日8時間, 1週40時間を超えて労働する労働契約上の義務を負っていないことの確認を求める訴えを却下する。
 
2 被告は,原告に対し,503万4985円及び別紙時間外及び休日割増賃金一覧表「各月合計」欄記載の各金員に対する同表「支払日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
 
3 被告は,原告に対し,251万7493円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 
4 原告のその余の請求を棄却する。
 
5 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。
 
6 この判決は, 第2項に限り, 仮に執行することができる。
 

事実 及び 理由

 

第1 請求
 
1 原告が,被告に対し,被告の直営店店長としての地位にある間,労働基準法36条の規定による労使協定の締結及び同協定の所轄労働基準監督署長への届出がなされ, 同協定内容が周知され, かつ, 同協定が定める事由及び限度時間の範囲でなければ,1日8時間,1週40時間を超えて労働する労働契約上の義務を負っていないことを確認する。
 
2 被告は,原告に対し,517万2392円及び別紙未払残業代請求目録「各月合計」欄記載の各金員に対する同表「支払日」欄記載の日の翌日から年6分の割合による金員を支払え。
 
3 被告は,原告に対し,517万2392円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 
4 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成17年1月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 
5 被告は,原告に対し,14万7200円及びこれに対する平成17年1月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 
第2 事案の概要
 
本件は, 被告の従業員である原告が, 被告に対し, ①原告が, 労働契約上,労働基準法36条に規定する労使協定が締結されるなどするまで, 法定労働時間 (同法32条) を超えて労働する義務を負っていないことの確認 (請求の趣旨第1項),②未払の時間外割絪賃金及び休日割増賃金の支払(同第2項), ③この未払賃金に係る付加金の支払 (同第3項) , ④被告から長時間労働を強いられたことにより,精神的苦痛を被ったとして,不法行為に基づく,慰謝料の支払(同第4項),⑤通動に要した高速道路料金の支払(同第5項)をそれぞれ求めた事案である。
 
1 前提事実
 
(1)  被告は, 全国に展開する直営店等で自社ブランドのハンバーガー等の飲食物を販売することなどを目的とする株式会社である。
 
(2) 被告の営業ラインのランク付けは,概要,①マネージャートレーニー,②セカシドアシスタントマネージャー, ③ファーストアシスタントマネージャー, ④店長, ⑤OC, ⑥OM, ⑦営業部長, ⑧営業推進本部長からなる。
 
 店舗の業務には,店長,ファーストアシスタントマネージャー,セカンドアシスタントマネージャー及びマネージャートレーニーが従事し, そのほかにアルバイト従業員であるクルーとスウィングマネージャーが動務している(被告では, 店舗の各営業時間帯に商品の製造, 販売を総指揮する者をシフトマネージャーと呼び, これを務めることができるクルーをスウィングマネージャーと呼んでいる。 また, スウィングマネージャー以外では, 店長, アシスタントマネージャー等がシフトマネージャーを務めることができる)。
 
(3) 原告は,昭和62年2月,被告に採用され,平成11年10月に店長に昇格した。
 
2 争点
 
(1) 原告が, 労働契約上, 労働基準法36条に規定する労使協定が締結されるなどするまで, 法定労働時間を超えて労働する義務を負つていなぃことの確認を求める訴え (請求の趣旨第1項) に確認の利益があるか。
 
(2) 店長である原告は, 労働基準法41条2号の「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者(以下「管理監督者」という)」に当たるか。
 
(3) 仮に, 争点(2)が否定された場合, 原告に支払われるべき時間外割増賃金及び休日割増賃金の金額はいくらか。
 
(4) 時間外割増賃金及び休日割増賃金に係る付加金の要否及びその額
 
(5) 原告の動務状況に関する被告の不法行為の成否及びその損害額
 
(6) 原告が通動に使用 した高速道路料金に関する被告の支払義務の有無
 
第3 争点に対する判断
 
1 争点(1)について
 
 この訴えは, 要するに, 店長である原告には, 労働基準法の労働時間の規定が適用されることの確認を求めるという趣旨であると解されるが, 原告は, 本件訴訟において, これを前提に時間外割増賃金を請求している以上, これに加えて, 上記の確認を求める法的な利益はないというべきである。
 
2 争点(2)について
 
(1) 労働基準法が規定する労働時間等の労働条件は, 最低基準を定めたものであるから, この規制の枠を超えて労働させる場合に同法所定の割増賃金を支払うべきことは, すべての労働者に共通する基本原則である。
 管理監督者については, 労働基準法の労働時間等に関する規定は適用されないが, これは, 管理監督者は, 企業経営上の必要から, 経営者との一体的な立場において, 同法所定の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得なぃものといえるような重要な職務と権限を付与され, また, 賃金等の待遇やその動務態樣において, 他の一般労働者に比べて優遇措置が取られているので, 労働時間等に関する規定の適用を除外されても, 上記の基本原則に反するような事態が避けられ, 当該労働者の保護に欠けるところがないという趣旨によるものであると解される。
 原告が管理監督者に当たるといえるためには, 実質的に以上の法の趣旨を充足するような立場にあると認められなければならない。
 
(2) 以上を前提に店長である原告の管理監督者性について検討する。
 
ア 店長の権限等について
 
(ア) 店長は,クルーを採用して,その時給額を決定したり,スウィングマネージャーへの昇格を決定する権限や, クルーやスウィングマネージャーの人事考課を行い, その昇給を決定する権限を有しているが, 将来, 店長等に昇格していく社員を採用する権限はないし, アシスタントマネージャーに対する一次評価者として, その人事考課に関与するものの, その最終的な決定までには,OCによる二次評価のほか, 三者面談や評価会議が予定されているのであるから, 店長は,被告における労務管理の一端を担っていることは否定できないものの, 労務管理に関し, 経営者と一体的立場にあったとはいい難い。
 
(イ) 次に,店長は,被告を代表して,店舗従業員の代表者との間で時間外労働等に関する協定を締結するなどの権限を有するほか, 店舗従業員の勤務シフトの決定や, 努力目標として位置づけられる次年度の損益計画の作成, 販売促進活動の実施等について一定の裁量を有し,また, 店舗の支出についても一定の事項に関する決裁権限を有している。
 しかしながら, 本社がブランドイメージを構築するために打ち出した店舗の営業時間の設定には,事実上,これに従うことが余儀なくされるし, 全国展開する飲食店という性質上, 店舗で独自のメニューを開発したり, 原材料の仕入れ先を自由に選定したり, 商品の価格を設定するということは予定されていない。
 また, 店長は, 店長会議や店長コンベンションなど被告で開催される各種会議に参加しているが, これらは, 被告から企業全体の営業方針, 営業戦略, 人事等に関する情報提供が行われるほかは, 店舗運営に関する意見交換が行われるというものであって, その場で被告の企業全体としての経営方針等の決定に店長が関与するというものではないし, 他に店長が被告の企業全体の経営方針等の決定過程に関与していると評価できるような事実も認められない。
 
(ウ) 以上によれば,被告における店長は,店舗の責任者として,アルバイト従業員の採用や, 従業員の勤務シフトの決定等に関する権限を行使し, 被告の営業方針や営業戦略に即した店舗運営を遂行すべき立場にあるから, 店舗運営において重要な職責を負っていることは明らかであるものの, 店長の職務, 権限は店舗内の事項に限られるのであって, 企業経営上の必要から, 経営者との一体的な立場において, 労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない。
 
イ 店長の動務態様について
 
(ア) 店長は, 店舗従業員の動務シフトを決定する際, 自身の勤務スケジュールも決定することとなるが,各店舗では,各営業時間帯に必ずシフトマネージャーを置くこととされているので, シフトマネージャーが確保できない営業日寺間帯には,店長が自らシフトマネージャーを務めることが必要となる。
 店長は,自らスケジュールを決定し,早退や遅刻に関して,上司であるOCの許可を得る必要はないなど, 形式的には労働時間に裁量があるといえるが,実際には,店長として固有の業務を遂行するだけで相応の時間を要するうえ, 店舗の各営業時間帯には必ずシフトマネージャーを置かなければならないという被告の動務態勢上の必要性から, 自らシフトマネージャーとして動務することなどにより, 法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから, かかる勤務実態からすると, 労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない。
 
(イ) また, 店長は, 被告の事業全体を経営者と一体的な立場で遂行するような立場にはなく, 各種会議で被告から情報提供された営業方針, 営業戦略や, 被告から配布されたマニュアルに基づき, 店舗の責任者として, 店舗従業員の労務管理や店舗運営を行う立場であるにとどまるから, かかる立場にある店長が行う上記職務は, 特段, 労働基準法が規定する労働時間等の規制になじまないような内容, 性質であるとはいえなぃ。
 
ウ 店長に対する処遇について
 
(ア) 平成17年において, 年間を通じて店長であった者の平均年収は707万184円で,年間を通じてファーストアシスタントマネージャーであった者の平均年収は590万5057円(時間外割増賃金を含む)であったと認められ, この金額からすると, 管理監督者として扱われている店長と管理監督者として扱われていないファーストアシスタントマネージャーとの収入には, 相応の差異が設けられているようにも見える。
 しかしながら,S評価の店長の年額賃金は779万2000円,A評価の店長の年額賃金は696万2000円,B評価の店長の年額賃金は635万2000円,C評価の店長の年額賃金は579万2000円であり,そのうち店長全体の10パーセントに当たるC評価の店長の年額賃金は, 下位の職位であるファーストアシスタントマネージャーの平均年収より低額であるということになる。また,店長全体の40パーセントに当たるB評価の店長の年額賃金は, ファーストアシスタントマネージャーの平均年収を上回るものの,その差は年額で44万6943円にとどまっている。また,店長の週40時間を超える労働時間は,月平均39.28時間であり,ファーストアシスタントマネージャーの月平均38.65時間を超えていることが認められるところ,店長のかかる勤務実態を併せ考慮すると, 店長の賃金は, 労働基準法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては十分であるといい難い。
 
(イ) また, 被告では, 各種インセンティブプランが設けられているが, これは一定の業績を達成したことを条件として支給されるものであるし, インセンティブプランの多くは,店長だけでなく,店舗の他の従業員もインセンティブ支給の対象としているのであるから, これらのインセンティププランが設けられていることは, 店長を管理監督者として扱うことの代償措置として重視することはできない。
 
工 以上によれば,被告における店長は,その職務の内容,権限及び責任の観点からしても, その待遇の観点からしても, 管理監督者に当たるとは認められない。
 
3 争点(3)について
 
 原告に対する各月の時間外割絪賃金及び休日割増賃金の額及びその支払日は,別紙時間外及び休日割増賃金一覧表記載のとおりであると認められる。
 
4 争点(4)について
 
 当裁判所が認定した時間外割増賃金等は, 原告の基準給をそのまま算定の基礎としたため, その分高額なものとなっていることや, 店長である原告の動務には, 労働時間の自由裁量性があったとはいえないが, シフトマネージャーとして動務するなどして労働時間が長期化した点に関しては, 原告が店長としてどれだけのスウィングマネージャーを育成, 確保できていたかという個別的な事情も影響するのであり, 実際, 原告の時間外労働時間は, 店長の平均的な時間外労働時間を上回っていることが多いことなどを考慮すると, 被告に対しては, 上記認定した時間外割増賃金及び休日割増賃金の合計額の5割であるの付加金の支払を命ずるのが相当である。
 
5 争点(5)について
 
 時間外割増賃金を支払わないまま時間外労働をさせたということから, 使用者が, 労働者に対し, 直ちに不法行為責任まで負うと認めるべき理由はない。
 また, 本件で, 被告が原告に対し, 労働基準法に違法した長時間労働を強いたと認めるに足る証拠はないし, 他に被告に不法行為責任を生じさせるような具体的な事実の主張,立証もない。
さらに, 時間外割増賃金等が支払われないまま店長として長時間労働をしていたことによる原告の精神的苦痛は, 時間外割増賃金等や付加金が支払われることで, 慰謝されるべき性質のものであるともいえる。
 したがって, この点に関する原告の主張は理由がない。
 
6 争点(6)について
 
 原告は, 車両管理規程上あるいは被告の実務上必要とされる高速道路料金の支給申請を行っていないのであるから, 被告に対し, その支払を求めることはできないというほかない。
 
7 結論
 
 よって, 主文のとおり判決する。
 
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判決要旨とは、裁判所が、裁判当事者及び報道関係者向けに、長文の判決全文から要旨などを端的にまとめて作成したものです。

東京地裁 平成20年1月28日判決
平成17年(ワ)第26903号
甲野太郎対日本マクドナルド株式会社 賃金等請求事件


労働判例DATABASE
労働判例953−10 労働法律旬報1673―42

 

 

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■「名ばかり管理職」問題 マクドナルド裁判のその後〔行政通達・論説・関連報道 等〕
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